【校長室だより】 「中秋の名月」から学ぶもの:「無月」

| 教育エッセイ

毎週月曜日に行われる児童朝礼では、毎回、校長先生から全校児童にお話があります。今週の校長先生のお話を紹介します。

9月14日 月曜日 「中秋の名月」から学ぶもの:「無月」

 今日は、「無月(むげつ)」という言葉についてお話しします。あまり聞き慣れない言葉ですね。旧暦8月の十五夜の満月を「中秋の名月」と呼びます。その年によって日にちは変わりますが、今年は9月27日(日)が「中秋の名月」になります。

 この行事は、夜、月が見える場所にススキを飾り、月見団子や里芋、御神酒(おみき)と呼ばれるお酒などをお供えして月を愛(め)でる、つまり「お月見」をすることです。これは、この時期がちょうどその年の作物の収穫を終えた時期に重なるため、収穫への感謝としての行事です。

 しかし、そのように準備した大切な「月見」の行事も、いつも空が晴れて美しい満月が、見えるとは限りません。雲に隠れたり雨が降ったりして、見えないこともあります。

 そんなときに、昔の人は、見えない月を「無月(むげつ)」と呼び、たとえ月が見えなくても、周りの雲の様子やその雰囲気から月の姿をとらえ、その行事を味わい深く楽しんだそうです。そこには「見えないものの価値」をとらえる感性があります。

 私たちは日頃、様々なものを目で見て、耳で聞き、鼻で嗅ぎ、舌で味わい、そして、触って確かめます。これが五感です。

 「無月(むげつ)」という言葉は、外に表れないもの、或いは、その裏側にある奥深い意味や言葉に込められた「心」や「思い」があることを、私たちに改めて気づかせてくれます。

 相手に伝わるコミュニケーションの方法は、実は、言葉が3割、それ以外のことが7割だと言われます。言葉よりも伝える側の表情や動作、そして雰囲気が、重要だということになります。

 言葉の大切さはもちろんですが、みなさんには、言葉には表れないその人の「思い」、「喜び」や「悲しみ」などを、しっかりと受け止めることができる感性を持って欲しいと思います。

 直接には、「見えないものの価値」を大切にする。

 もし十五夜に、満月が見えないときには、この言葉を思い出して、見えない満月を眺めて下さい。みなさんの心の目で「無月(むげつ)」が見えることを楽しみにしています。

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