【校長室だより】 第2学期始業式

| 教育エッセイ

8月28日 木曜日 第2学期 始業式

 今日から2学期がスタートしました。みなさんが元気な姿で登校してくれたことをとっても嬉しく思っています。

 夏休みはどうでしたか。楽しい夏休みでしたか。でも楽しいだけの夏休みでは、何か足りない気がします。新しい発見やうまくできたことはありましたか。夏休みを終えて、少し成長した自分を感じてくれていますか。

 グランドの工事もいよいよ完成に近づいています。9月1日には、オープニングセレモニーが予定されています。もう少しですので、楽しみに待っていて下さい。

 今日は、「草木塔」(そうもくとう)についてのお話をします。

 あまり聞き慣れない言葉だと思います。それは、先生が山形県の内陸部南部で米沢市がある置賜地方(おきたま)へ出かけたときに目にしました。動物を供養する碑は多いのですが、自然の木や草の命を大切に供養する碑や塔は、初めて見ました。

 「草木塔」は、古くは江戸時代中期頃から造られ、現在、160基以上が確認されているそうですが、その9割が山形県の置賜地方に集中しているそうです。

 素材は石で、ほとんどが採石された状態のままの自然石で、「草木供養塔」などの文字が刻まれている石造文化遺産です。

 食物や薬草として山菜や野草を採ったり、木材として木々を伐採したり傷つけたりと、人間が生きていくために、山の植物の命を犠牲にしてきたことへの供養の意味と感謝の気持ちが込められた風習だそうです。

 私たちが生きていくためには、「食べ物」が必要です。その食べ物は植物であったり動物であったりします。そして、それらの一つひとつにはすべて命があります。つまり、私たちは生きていくために、たくさんの命を頂いています。

 「草木塔」は、自然の恵みに感謝し、木や草の命までも大切に想う自然観(自然への考え方)です。現在、環境問題が深刻化する中、「自然と人間が共生する」ための「自然への感謝の心」として注目されているそうです。

 山形大学を中心とした「やまがた草木塔ネットワーク」が設立され、新しい環境教育への取り組みとして海外にも紹介されているそうです。

 みなさんが唱和する「食前の言葉」に込められた感謝の思いに、「命をいただく」という思いを重ねて下さい。私たちは多くの命によって「生かされている」存在であると気づくことで、色々なことが感じられると思います。「草木塔」に込められた思いをしっかりと受け止め、自分たちの手で自然を守る力も、今、社会で求められている「生きる力」の一つとなるはずです。近小生の全員が、この思いを忘れないで持ち続けてくれることを、大いに期待しています。

食前.png

 1学期の終業式のお話 ~「じゃがいも」の作戦について~

フリードリヒ大王が「ジャガイモの栽培」を広めるために立てた作戦とは、

 フリードリヒ大王が「ジャガイモの栽培」を広めるために立てた作戦とは、大王自身が自分の農園にジャガイモを植え、これを兵士たちに厳重に見張らせました。すると民衆はそれがとても貴重なものだと勘違いして、夜な夜な農園から盗みだし、自分たちの庭に植えたそうです。ジャガイモは冷害にも強く、特にやせた土地しか持たない貧しい農民たちの畑でも収穫が多く、民衆を飢饉から救ったそうです。

 国王が「ジャガイモを栽培せよ」と命令するだけでは農民たちは栽培しませんでした。農民たち自身が「栽培してみよう」という気持ちにさせることが必要だと判断した作戦だったようです。

 またジャガイモには薬としての効用もありました。当時の船乗りたちに多かった「壊血病」(かいけつびょう)の予防効果が認められていました。南アメリカへの航海中に多くの船乗りが、ビタミンCの欠乏からこの病気で命を落としました。しかし帰路にはビタミンCを多く含んだジャガイモをたくさん積み込み、それを食糧にしたおかげで健康を保てたそうです。ある栄養学者は「ジャガイモは体力を増強し、寿命を長くする」という言葉も残しています。

 先生が言うから、お父さんお母さんに褒められるから、あるいは怒られるから学習します。少し難しい言葉ですが、これを「外発的動機付け」と言います。それに対して、自分で色々なことに興味を持って調べたり、考えたりすることを「内発的動機付け」と言います。中学校からの学習は「内発的動機付け」が無ければ本物にはなりません。これから自分はどうしたいのか、どうなりたいのかを考え、そのためには、今何をすべきかを選択できる力が必要になります。中学生になるトレーニングをして欲しいと思います。