図工・書写展に寄せて~「行為の図工教育」②~

| 教育エッセイ

 今日は、あいにくの雨でしたが、図工・書写展にたくさんの方々にご来校いただきました。

 今日は同時に、「学校説明会・学校見学会」も開催され、本校に見学に来られた方々にも、図工・書写展を見学していただきました。参観者からは「のびのびとした作品ですね。」「画一的にならず、それぞれがとても個性的ですね。」「楽しんで制作していることが伝わってきます。」とおほめの言葉をいただきました。

 前回に続き、本校の図工教育、表現教育について、木原晴夫前校長が書いた「行為の図工教育」の第2回目です。

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「行為の図工教育」②

B.説明できない部分

 図工教育は、このように個々の内なるものに刺激され、表出される部分がひじょうにあります。

 これは、なかなか説明されるものではありません。

 「本能」とか「直感」、「感性」という部分でしょうか。

 図工教育では、この部分をほんとうに大切にしていかねばなりません。

 図にあらわしてみますと、

人間ひとりひとりがもっているもの

行為本能

感性

個性 ↓ 新たな発見・驚き・喜び

表現

となります。

 現代社会では、あらゆるものが説明され、解説されていく中で、マニュアル化がすすんでいるように思われます。

 マニュアル・手法がなければ行動にうつせない。

 しかし、本来、人間は生まれもって本能や感性(感じる心)をそなえています。

 それを行動にうつし、表現していく。

 つまり、「生きる力」です。

 今回の学習指導要領でも、新しい学力観として示されているのもそのことでしょう。

 この個性豊かな表現行為は人格形成・人間形成に大きくつながっていくものではないでしょうか。

(「個性震張」・・白濱千秋元校長)

 我を忘れての表現活動(忘我の世界)は、世界にひとつしかないものを表現しています。

 すなわち、自己表現に直結しているといえるでしょう。

(「我流が一流」・・元永定正さん)