【校長室だより】 脚下照顧

| 教育エッセイ

毎週月曜日に行われる児童朝礼では、毎回、校長先生から全校児童にお話があります。今週の校長先生のお話を紹介します。

11月30日 月曜日 「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」

 早いもので、11月も今日が最後となり、明日からはいよいよ12月です。2学期もたくさんの行事があり、しっかりと頑張りましたが、残りの行事にも、学年で、そして学校全体で、力を合わせて、楽しく、元気に、しっかりと取り組んで欲しいと思います。

 今日は、いつもみなさんが目にしている言葉についてお話します。それは「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」という言葉です。毎朝、登校して、最初に目にする下足室にある言葉ですね。

 福井県に永平寺という大きなお寺があります。今から約800年前、鎌倉時代に、曹洞宗の道元というお坊さんによって開かれたお寺です。雪の積もった永平寺は、大晦日の除夜の鐘のテレビ放送でよく映し出されます。その永平寺の入り口に「脚下照顧」の札が

掲げられています。

 この言葉の意味は、「足下を照らして顧みよ」ということです。つまり、「自分の足もと(我が身や我が心)を振り返り、自分の立場をよく考えて行動せよ」という意味です。

 そこから転じて「履き物をきちんとそろえましょう。履き物をそろえることで、自分の行いをよく見て、よく考えましょう。」ということになったそうです。

 では履き物を揃えておくことには、どんな意味があるのでしょう。お友達の家に遊びに行ったとき、靴をそろえて脱ぐのは、当たり前の礼儀ですね。

 トイレのスリッパを次の人が履きやすいように、かかとの方を手前にしてそろえることには、次に使う人への思いやりが込められています。次に使う人も気持ちがよいでしょう。 でも、大切なことは、履き物をただ揃えるだけでなく、自分のすることが、どこにつながるのかをちゃんと判断できることです。

 つまり「脚下照顧」とは、履き物を揃えなさいという意味だけでなく、「ちょっと立ち止まって、自分は他の人のことや周りの状況を、ちゃんと考えて行動できているかどうか確認せよ」ということです。

 靴箱の靴が、きちんとそろえられているのを見ると、今日も一日頑張るぞという、みんなの気持ちがよく伝わってきます。でも校長先生は欲張りなので、一人ひとりが、その意味をしっかりと理解して、毎朝、「脚下照顧」を実行している近小生であって欲しいと思います。

DSCF1653.JPG 1年生が信貴山学舎で宿泊する玉蔵院には、「照顧脚下」の額が掛けられています