【校長室だより】 常世神(とこよのかみ)

| 教育エッセイ

毎週月曜日に行われる児童朝礼では、毎回、校長先生から全校児童にお話があります。今週の校長先生のお話を紹介します。

11月9日 月曜日 「常世神」

 今日は、「常世神(とこよのかみ)」についてお話しします。「常世神」とは、「日本書紀」という書物に登場する新興宗教の神様です。皇極3年(644年)に東国の富士川という所にいた「大生部多(おおうべのおお)」という人が教祖となって、「常世の神を祀(まつ)れば、貧しき人は富を得て、老いたる人は若返る」と人々に説きました。

 この教えを信じた人々は、常世神である「常世虫(とこよのむし)」を神座に祀り、自分の財産を捨て、お酒や食べ物を道端に並べ、「新しい富が入ってきたぞ」と唱えながら、歌ったり、踊ったりして幸福を求めたそうです。やがて、その信仰は都にまで広がってきました。

 しかし惑わされている民衆には利益はなく、損害ばかりが大きくなりました。そして最後には、聖徳太子の側近であった山城国(京都府木津町)の秦造河勝(はたのみやつこかわかつ)によって、都へ入る前に鎮圧されました。

 でも当時の人々は、何故この宗教を信じたのでしょうか。落ち着いて考えれば、虫を神様として祀るだけで、幸せになれるとは思いません。なぜ、当時の人々は「常世虫」に救いを求めたのでしょうか。

 実は、この「常世虫」とは、蜜柑の仲間である橘の木につくアゲハチョウの幼虫だそうです。「常世の国」とは、海のはるか彼方にあるとされていた不老不死の世界のことです。

 橘は、常緑樹で冬でも葉を落とさないことから、永遠の命があるとされる「常世の木」と同じものだと考えられました。その木につく幼虫は、動き回ってもりもりと葉を食べ、その後、動かなくなり、つまり蛹となります。そして今度は全く異なる姿であるアゲハチョウに変身して、つまり羽化して飛んでいきます。

 その様子は、まるで一度死んでから復活したように見えました。当時の人々はその不思議さから、その虫に永遠の命があるように考えました。

 そして、その当時の世の中はとても不安な状況であり、人々が、長く続く安定を求めたことも原因だとされています。当時は、蘇我入鹿、蝦夷に代表される蘇我氏全盛の時代でした。しかし、この翌年、「大化の改新」が起こりました。大きな歴史の転換期の社会現象だったのかもしれません。

 この出来事から、改めて「考えることの大切さ」を感じました。しっかりと考えることができる近小生を目指して、毎日の学校生活に取り組んでくれることを期待しています。

神になった常世の虫(アゲハの幼虫)

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