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【校長室だより】 大阪電気軌道

毎週月曜日に行われる児童朝礼では、毎回、校長先生から全校児童にお話があります。今週の校長先生のお話を紹介します。

6月25日(月)「大阪電気軌道」

みなさん、おはようございます。
近小生のみなさんが気をつけていることの一つに、
「思いやりとマナー」がありますが、 通学の電車内でもマナーを守ってくれていると思います。 まわりの方の迷惑にならないこと、
そしてお年寄りの方や体の不自由な方には 積極的に席を譲るようにしてくださいね。 みなさんは近鉄奈良線を利用しているわけですが、 この路線が開業したのは
今から100年少し前、
1914年のことです。 上本町から奈良までの30.8kmで、
当時の会社名は「近鉄」ではなく、 「大阪電気軌道」でした。 みなさんもよく知っているように、
大阪と奈良の間には、生駒山があります。 これを越えるために、
当初はケーブルカーやロープウェイにすることも検討されたそうです。 それが実現していたら、
大阪から近小に来ているみなさんは、
毎朝ロープウェイで通学していたかもしれませんね。 でも、生駒にトンネルを作るという
最も困難な手段をとることが決断されました。 みなさんが、毎日快適に、そして短時間で学校に来られているのは、
その決断のおかげですね。 生駒トンネルを作るというのは、想像以上の難工事だったそうです。 工事中、事故で20人の方が亡くなるなどの様々な苦労を重ね、 2年10ヶ月の歳月をかけて大正3年(1914年)に開通しました。 開通してからも、工事に莫大な費用がかかったため、
社員の給料支払いや切符の印刷費にも事欠くほど経営が行き詰まり、
生駒山にある宝山寺へ賽銭を借りに行ったこともあったそうです。
また、建設した大林組も、大阪電気鉄道による建設費の支払い遅延から
一時経営危機に陥りました。
しかし、そのような状況にもかかわらず、
大林組は手抜きをせず、最高の資材を使って工事を進め、
検査に来た監理局員がその質の高さに驚かされた
というエピソードが残っています。 私たちは何気なく利用していますが、 多くの人たちの苦労のおかげであることを
忘れないようにしたいですね。 当時の社名は「大阪電気軌道」です。 いつもお世話になっている会社のことですから、
覚えておきたいですね。

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奈良線開業当初の生駒トンネルと駅

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 大軌電車案内(大正11年 大阪電気軌道)

     

    
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