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【校長室だより】 第2学期始業式

今日から2学期が始まりました。長い夏休みを過ごした子どもたちも、みんな元気に学校に登校してきました。まだまだ暑い日が続きますが、体調に気を付けて、第2学期もみんないいスタートをしてほしいです。始業式の中での校長先生のお話を紹介します。

平成30年度 2学期始業式

みなさん。おはようございます。

今朝は、エアコンの入ったアリーナで始業式です。

近小がこのあやめ池に移って、来年で10年になりますので、それを記念して、

みなさんが快適に過ごせるようにと保教会からのプレゼントです。

大切に使わせていただきましょうね。

さて、みなさんはいい夏休みを過ごせましたか?

先生は家族旅行で岐阜県に行ってきました。

飛騨古川という、のどかで風情のある町にも行ったのですが、

そこは映画「君の名は」の舞台になったところで、

アニメに出てくる駅や神社やバス停などがあって、とても楽しめました。

その岐阜県の南部に「杉原千畝記念館」があります。

みなさんは「杉原千畝」という人の名前を聞いたことがありますか?

今から70年ほど前の第二次世界大戦の時、

杉原千畝は日本の領事としてヨーロッパのリトアニアという国にいました。

日本に行きたいという外国人にビザという許可証を発行するのも、領事の仕事です。

その頃、ヨーロッパではユダヤ人がナチス・ドイツからひどい迫害を受けていました。

ナチスに占領されたポーランドでは、ユダヤ人を匿っているのが見つかれば、

その家族まで死刑になるほどでした。

杉原千畝のいるリトアニアにも、多くのユダヤ人が難民となって逃げてきていました。

そして、そのリトアニアも危なくなった彼らは、ヨーロッパから日本を通過して

安全な国に逃げようとしました。

そのためには、日本に来てもいいよ、というビザが必要です。

もしリトアニアを脱出できなければ、小さな子どもたちも含めて殺されてしまいます。

そのため、日本のビザを求めて毎日何百人ものユダヤ人が日本領事館に押しかけました。

そして、そのビザを発行できるのは領事である杉原千畝だけでした。

でも、ビザを発行するためには条件がありました。

日本を通過したあとの目的地の国の許可書を持っていること、

そしてその国にいけるだけのお金を持っていることです。

ほとんどのユダヤ人は、その条件にあてはまりません。

それを無視してビザを出せば、杉原千畝は外務省をクビになるでしょう。

でも、彼がビザを出さなければ、彼らは殺されてしまうかもしれない。

杉原千畝は悩んだあげく、ビザを発給する決断をします。

彼の決断によって救われたユダヤ人は約6000人と言われています。

杉原千畝の出身校・ハルビン学院には、

本校の校訓にあたる自治三訣と言われるものがありました。

 《人のお世話にならぬよう 人のお世話をするよう そして、報いを求めぬよう》

人のお世話をして、でも報いを求めないこと。

素晴らしいことですが、実行するのは本当に勇気のいることですね。

「杉原ビザ」のおかげで助かったアンナ・ミローというユダヤ人女性は言っています。

「政府の命令に背き、良心に従った杉原さんがいなかったら、

 私たちの誰も存在しなかった。

 私たちが歩み続けた暗い道の中で、杉原さんの星だけが輝いていた。」

 《人のお世話にならぬよう 人のお世話をするよう そして、報いを求めぬよう》

今日から二学期が始まりますが、私たちも杉原さんのような人になれるよう頑張りたいですね。

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